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ロトルアの朝。出発まで時間があったので、ロトルア湖を写真に収めました。
湖には鳥がたくさん集まっていました。あちこちには温泉の湯気が立っています。


今回のメイン?であるホビット村にいよいよ出発です。場所はマタマタ村の牧場だということですが、どんな所なんでしょうか。
マタマタ村に入ったところにホビット村の看板が!!みんな横に立って写真をとってました。もちろん私も。
牧場の手前まではバスで移動でしたが、中に入るのに小さなバスに乗り換えるとのこと。なんとそのバスは日本からきたものだったのです。自動ドアとか日本語で書いてあったりして、なんだか懐かしい気が・・・。
小さなバスに乗り換えて、しばらくすると村の入り口にあったのと同じ看板が見えました。そうはいってもバスからは少し距離がありましたけど。


バスを降りて、いよいよ中に入っていきます。昨日までとはうって変わっていい天気になりました。ただ地面はぬかるんでいた上に羊たちの落し物が・・・(笑)。
普段は羊たちが放牧されているのです。

ここに着く前のバスの中で、ガイドさんが教えてくれたのですが、本当は私たちが行くことを伝えたその数時間後に、ホビット村が取り壊される予定だったのだそうです。ただ、まだ沢山の人が見に来るならと、取り壊しは中止になったのだとか。これからはもう少しちゃんと管理するようにするという事らしいです。
もう少し遅ければ、もう二度と見られなくなっていたかもしれませんね。
ホビット村に着くまでの間にその牧場にまつわるエピソードを教わりました。
映画のロケ地に選ばれ、監督が撮影許可を得るため牧場主を尋ねたところ、今ラグビーの試合を見ているから後から来てくれと言われたとか。
映画よりもスポーツが大事だったというわけです。また、それほどニュージーランド人にラグビーが人気があると言うことなんですね。

中に入るとそこはホビット村でした。セットがそのまま残っているわけではありませんが、雰囲気はまさにホビット村そのもの。
ビルボの誕生日にスピーチを行ったパーティツリーや池があり、ホビットたちの家が並んでいます。


ここでも、いろんな話を聞けました。ネタばれになるところは書けませんがいくつか紹介します。
フロドとサムがホビット庄から旅立つシーンでここから先に行った事がないといったサム。実は撮影したのは今いる場所から少し離れた丘の上で、向こうからこのホビット村に向かって歩いてきたんだそうです。
「向こうに行くのに数日かかり、またホビット村に帰ってきたことになりますね。」とガイドさん。
また、りんごの木がなかったので、葉っぱとりんごを付けてりんごの木にし、撮影したということです。
ほかに、ガンダルフが子供たちに花火を見せた場所やビルボが子供たちに話をした場所も教えてもらいました。
はじめは羊の落し物に気をつけていましたが、そのうち誰も注意を払わなくなりました。夢中になって見ていたら、そんなことを気にする暇がなくなったというか。
サムの家を撮ったり、ビルボの家は中に入れたので、みなで順番に入って撮ったりも。


ちょうどその時アメリカから来たらしい家族が私たちの近くを通ったんですが、その時に色んな写真と取っていた通称監督さんが、その家族の父親らしい人にガンダルフの役を頼んで、写真を撮っていました。いきなりの私たち?の要望に快く引き受けてくださったあの方は、どう思ったんでしょうね(笑)。
とにかく、いろいろと写真を撮りまくり、あっという間に時間が過ぎていきました。
最後に、ワイヤーで繋げて1本の木にしていたというセットの一部を見せてもらいました。それこそ色んな工夫を凝らして撮影したんですね。

とうとうホビット村とお別れする時間が来てしまいました。後ろ髪惹かれつつも、案内をしてくれた牧場主さんに御礼を言ってお別れ。小型のバスからもとのバスに乗り換え、次の場所へと移動します。

お昼はファームにあるレストランでバイキング形式です。レストランに入る前に、靴をきれいに洗いました。何しろ泥やらフンやらがくっついていましたからね。
食事のあとは時間があったのでそこの庭を歩いてみました。
裏の方にはハーブガーデン、レストランの隣にはプールもありました。庭の木がちょうどいい感じに紅葉していて、まるで裂け谷のようだと皆にも好評でした。もちろん写真も撮りましたよ。


いよいよ最後の宿泊地、オークランドへと向かいます。
今夜は懇親会があり、映画関係者も来るとのこと。いったいどんな懇親会になるんでしょうか。そこで2班さん達とも合流です。

最後に泊まるホテルはスカイタワーのあるスカイシティホテルです。なんとカジノもあるそうで、正装しないと入れないそうですよ。夕食までは時間があるということで、オークランド市内を見て回りました。私たち以外にも結構日本人が多かったですね。
怒濤の後半戦
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